ヒューマンエラーを責めない組織へ ― 医療安全を支える“心理的安全性”とは
夜勤明けのカンファレンス。
「昨日のあの処置、ちょっとヒヤッとしました…」
誰かがそう切り出そうとした瞬間、部屋の空気が少し止まる――。
誰もが「言うべき」と分かっているのに、
なぜか胸の奥に“ためらい”が生まれること、ありませんか?
「また注意されるかも」
「自分のせいだと思われたくない」
その小さな葛藤が、やがて沈黙を生む。
でも本当は、その“言いにくさ”こそが安全へのサインなのです。
医療安全の本質は、「責めること」ではなく「学び合うこと」。
今回は、ヒューマンエラーを責めない組織づくりと、
その土台となる「心理的安全性」について、やさしくお話しします。
ヒューマンエラーは“個人の失敗”ではなく、“システムの結果”
「人は誰でもミスをする」。
これは、弱さではなく“人間らしさ”です。
医療安全の分野では、ヒューマンエラーを
「人の特性とシステムの相互作用」として捉えています。
つまり、個人を責めるよりも、エラーを生み出した環境や手順を見直すことが大切です。
たとえば、薬剤のラベルが似ていたり、
確認のプロセスが複雑すぎたりする場合、
誰が行っても同じミスが起こる可能性があります。
厚生労働省の「医療安全推進総合対策」でも、
「個人の責任追及より、再発防止を目的とした仕組みづくり」が推奨されています。
(出典:厚生労働省 医療安全推進総合対策)
あなたが悪いのではなく、その環境が“ヒューマンエラーを起こさせた”のかもしれません。
「心理的安全性」がチームの安全を育てる
「心理的安全性(Psychological Safety)」とは、
自分の意見やミスを安心して話せるチームの雰囲気のこと。
スタンフォード大学のエイミー・エドモンソン博士によって提唱されました。
心理的安全性が高いチームほど、
インシデント報告が活発で、再発防止のスピードが速いことが
国内外の研究でも報告されています。
( Montgomery et al., PLOS ONE, 2024)
報告が多い組織は、ミスが多い組織ではありません。
それは、「安心して声を出せる組織」なのです。
「怒られないように黙っておこう」ではなく、
「チームを守るために伝えよう」と思える環境。
その積み重ねが、医療安全の根っこを支えています。
看護現場で「責めない文化」を育てる3つのヒント
① まずは“聴く姿勢”から
報告してくれた人に、まず「ありがとう」を伝える。
それだけで、次の報告へのハードルがぐっと下がります。
② “人”ではなく“プロセス”を見る
「誰がミスしたか」ではなく、
「どんな流れで起きたのか」を一緒に振り返る。
エラーの原因を個人に限定しないことで、改善策が具体化します。
③ リーダーが“自分のヒヤリ”を共有する
上の立場の人ほど、あえて自分の失敗を語ること。
それが、チーム全体に「話しても大丈夫なんだ」という安心感を生みます。
失敗を分け合えるチームは、強い。
心理的安全性は“優しさ”ではなく、“力強さ”
心理的安全性という言葉を、「優しくすること」と誤解されることがあります。
けれど、本当は“勇気ある対話”の文化です。
相手を思いやりながらも、
安全のために必要なことはしっかり伝える。
耳の痛い話を受け止め合う。
それこそが、チームの力を強くします。
安全文化は、沈黙を恐れずに対話を重ねることから育ちます。
優しさと勇気――どちらも、医療安全の土台です。
まとめ ― 小さな声が、大きな安全を守る
「ヒューマンエラーを責めない」という言葉は、
“見逃す”という意味ではありません。
むしろ、「どうすれば防げるか」を一緒に考える姿勢そのものです。
心理的安全性は、誰かが声を上げたときに、
周囲がその声を“受け止める”ことで生まれます。
一人の勇気が、チームを変え、
チームが、患者さんの安全を守る力になる。
明日のカンファレンスで、
誰かが少し勇気を出して発言したとき、
その声を「ありがとう」で迎えられる職場でありますように。
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参考・引用
- 厚生労働省:医療安全推進総合対策
- WHO:Patient Safety: A Global Priority
- Edmondson, A.C. (1999). Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams. Administrative Science Quarterly
- Montgomery et al. (2024). Psychological safety and patient safety: A systematic review. PLOS ONE
※本記事は公認心理士・看護師としての知見および公的資料をもとに執筆しています。内容は一般的情報であり、個別の判断は所属機関の指針に従ってください。
