内視鏡室の医療安全──機器破損・リーク・画像不良を防ぐ「点検の技術」と安全文化のつくり方

医療福祉

胃カメラ・大腸カメラ・ERCPに潜むリスクとは

午前の外来が立て込み、胃カメラ検査が続く慌ただしい内視鏡室。
新人看護師さんがスコープを準備していると、ふと「画像が少し暗い気がする…」そんな違和感が胸をかすめました。

検査は始まったものの、その違和感は少しずつ大きくなり、ついには観察不能に。原因は、ライトガイドの劣化と点検不足でした。
大きな事故にはならなかったものの、患者様の不安、医師の焦り、スタッフの疲弊は、室内に重たく残りました。

あの日、私は改めて思いました。
「一つの小さな違和感を、すくい上げられる職場こそが、安全文化の息づく場所である」と。


【第1章】内視鏡室の医療安全は「機器 × 人 × 組織」で決まる

内視鏡室の安全は、担当者の力量だけで支えられるものではありません。
高価で繊細な医療機器が日常的に稼働する環境では、次の3つが揃って初めて事故を防げます。

  • 機器の安全性(点検・整備)
  • 人のスキル(リスク感性・初動対応力)
  • 組織の仕組み(心理的安全性・標準化・教育体制)

内視鏡室で起こるトラブルの多くは、スタッフ個人の責任ではなく、
「仕組みとしての不足」が根本原因です。

例えば、次のような特徴は危険信号です。

  • 点検手順が標準化されていない
  • 新人教育が属人的(先輩の“やり方”に依存)
  • 忙しさに押されて手順が省略される
  • ヒヤリハットが共有されない

事故は「人が悪い」のではなく、
“事故の芽を育ててしまう組織文化”があることに気づく必要があります。


【第2章】胃カメラ・大腸カメラ・ERCPに潜む“見えないリスク”とは

内視鏡機器は、日常的な使用で劣化しやすく、とても繊細です。
だからこそ「異変の芽」は、日常点検でしか拾えません。

内視鏡特有のリスク

  • リーク(漏れ):内部への水分侵入、故障・感染の原因に
  • 画像不良:病変の見落としや検査中断につながる
  • 検査中の機能停止:特に ERCP では致命的
  • 消化管損傷:スコープ破損や操作性低下でリスク増大
  • 未点検機器の使用:想定外の破損や誤作動

特に ERCP は高難度手技であり、機器トラブルは重篤な合併症(膵炎・穿孔など)を招く可能性があります。

だからこそ、「大丈夫だろう」の感覚に頼らない仕組みが必要です。


【第3章】内視鏡機器の「点検の技術」──確実に事故を防ぐプロの基本

点検とは「ただ確認する作業」ではありません。
“患者様への祈りの動作”であり、医療安全の最前線です。

使用前点検の基本

  • 外観確認(傷・歪み・劣化)
  • リークテストの実施
  • 光量・画質の確認
  • スコープの湾曲操作確認
  • ケーブル接続の安定性確認

使用後点検の基本

  • 損傷の有無
  • 操作部の重さ・違和感
  • 洗浄時の引っかかり・異音
  • 劣化部分の記録と共有

これらすべてを人的感覚に頼るのは危険です。
事故防止の鍵は、「チェックリストで仕組み化すること」。

チェックリストは「人の記憶」ではなく「組織の安全力」で作業を支えます。


【第4章】洗浄・消毒の盲点──ガイドラインが警告する“見えない事故”

日本消化器内視鏡学会は、洗浄・消毒ガイドラインで次の点を強調しています。

  • 洗浄工程の標準化
  • 手順遵守の徹底
  • 記録の保持
  • 洗浄器の点検

洗浄不備は、患者様に感染を引き起こす重大事故につながります。
ときに「洗浄スタッフが変わると手技が変わる」と言われるほど、属人性が入り込みやすい領域です。

だからこそ、洗浄は“組織的教育責任”で管理すべき項目なのです。


【第5章】ヒューマンエラーは悪ではない──心理的安全性のある内視鏡室へ

ヒューマンエラーは、“人の弱さ”ではありません。
「仕組みの弱さを知らせるSOS」です。

心理的安全性が低い職場で起こること

  • ミスが報告されない
  • 「誰が壊したの?」という責める文化
  • 新人が質問しにくい空気
  • ヒヤリハットが表に出てこない

これは医療安全において最大のリスクです。

安全文化を育てるための行動

  • 報告を歓迎する
  • “責めない”レビュー会議の導入
  • OJT依存の脱却と標準化
  • 事例共有ミーティングの定期化

安全文化は「一人の勇気ある声」から始まります。


【第6章】明日からできる再発防止策──仕組みが職場を変える

医療安全管理者として、私が研修で繰り返し伝えている言葉があります。

「事故は単発では起きない。必ず、芽が育ってから表に出る。」

実践できる再発防止策

  • RCA(原因分析)の活用
  • 点検・洗浄・申し送りの標準化
  • 写真・動画による情報の見える化
  • リスク共有カンファレンスの開催
  • 新人・中堅向けの定期教育プログラム

教育は「属人性」を排除し、誰が入っても安全が守られる仕組みをつくります。

一度の教育が、一人の行動を変え、百人の安全を守る。
これは現場を歩き続けてきた私の確信です。


【まとめ】内視鏡室の安全文化は“一人の気づき”から始まる

• 内視鏡室の安全は「機器 × 人 × 組織」の三位一体。
* 点検は作業ではなく“祈りの動作”。
* 洗浄・消毒の標準化が感染を防ぐ。
* 心理的安全性は事故予防の根幹。
* 再発防止策は仕組みとして運用する。

そして何より、あなたの「おかしい」の感覚が、患者様の未来を守る力になります。


【FAQ】

Q1. 内視鏡機器の点検は誰が行うべきですか?

担当者だけでなく、チーム全員が理解し、互いに補完できる体制が理想です。属人化はリスクの温床になります。

Q2. ERCP の安全対策は特別に必要ですか?

はい。ERCPは高難度であり、機器トラブルが重大合併症の引き金になり得ます。使用前点検・機能確認は必須です。

Q3. 新人教育の標準化はどう進めればよい?

チェックリスト化、段階的教育、シミュレーションが効果的です。「見て覚える」では事故は減りません。


【参考文献】

● 厚生労働省「医療機器の安全使用に関するガイドライン」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000193231.html

● 日本消化器内視鏡学会「内視鏡洗浄・消毒ガイドライン」
https://www.jges.net/medical/society/guideline

● WHO「Medical Device Technical Series」
https://www.who.int/medical_devices

※本記事は医療安全管理者養成研修での教育内容をもとに執筆しています。医療機関の規模・体制により必要な対策は異なるため、最終的な運用は各施設のガイドラインに従ってください。


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